「トルコの窓から見た中東」 第43回

イラク政府は、違法な住民投票を受けて、イラク・クルド地域政府(IKBY)に向けた警告を行い、そして実質的な軍事介入を行いました。私たちも今回、この軍事介入と地域への影響を分析します。

「トルコの窓から見た中東」 第43回

イラク政府は、国際法に反して実施された住民投票を受けて、イラク・クルド地域政府に向けて軍事介入を行い、イラク・クルド地域政府はおよそ2003年時点の境界線に向けて撤退し始めました。

それでは、どういう過程を経てこのようになったのでしょうか?端的に振り返ってみましょう。テロ組織DEASH(ISIL)の出現により、イラク政府は脆弱化しました。イラク・クルド地域政府は、DEASHの出現を好機とみて、憲法上の境界線を越えました。キルクーク全体を管理下に置いたイラク・クルド地域政府派のグループは、論争の的となっていた他の地域でも、その存在と力を強化させました。イラク・クルド地域政府のバルザーニ大統領は、イラク中央政府が脆弱化し、力の空白ができたことで利益を得ました。イラク・クルド地域政府は、シンジャルからハネキンまで伸びる地帯にある多くの地点を、国際有志連合軍の航空支援のおかげでDEASHから奪取しました。イラク・クルド地域政府は、管理下に置いた場所を自分の地域に統合し、放棄しないと宣言しました。住民投票は、この過程の最後の点となりました。

住民投票の実施に抗議する勢力がいたにもかかわらず、バルザーニ大統領が住民投票を決行したことは、自身にとっては大きな勝利に見えました。特に、クルディスタン民主党とそれを支持する一部の欧米諸国ではこの成功がもはや独立と同等にみなされた一方、それに抗議する歩みが踏まれ始めました。イラク政府は、イラク・クルド地域政府に対し、住民投票の結果を凍結させるよう警告し、国内の法的プロセスを実施し続けました。この期間中に、トルコとイランの間で上級会談が行われました。この会談の結果、イラク政府を全面的に支持するという決議が下されました。この枠内で、イラク政府はクルド地域政府への警告を軍事介入へと変えました。軍事介入は短期間で結果をもたらし、イラク・クルド地域政府はほぼ2003年時点の境界線に撤退し始めました。

軍事介入の前日に、「血の最後の一滴まで」戦うとメディアに発言したペシュメルガ軍は、実質的な軍事介入が始まると、道々でその戦闘服を脱ぎ捨てて敗走しました。イラク中央政府の旗が、公式な場の建物に掲げられました。バルザーニ大統領のポスターは破られました。イラク・クルド地域政府の数々のシンボルは、地に引きずり降ろされました。これらはイラク・クルド地域政府にとって完全な敗北でした。バルザーニ大統領が首都として宣言するのを夢見ていたキルクークは、数時間でイラク中央政府によって管理下に置かれました。独立の夢は、遠のきました。

キルクークは、イラク政府とクルディスタン愛国連合の間の合意により、イラク軍とハシディ・シャビの管理下に置かれました。その後、論争の的となっている他の地域でも、急激な変化が起こりました。イラク軍はキルクーク東部に向けて進軍し、トゥズフルマトゥとディヤラにある地域を管理下に置きました。西部ではモスル北部と西部の農村地帯を含む地域でも、イラク軍が迅速に進軍しました。10月20日にイラク軍はアルビルとキルクークの主要経路上にある最も重要な居住地である、トルクメン人の町・アルトゥンキョプル、モスル・ダム近郊にあるズンマルとその周辺の油田地帯、ラービア国境ゲートとその北にトルコ国境がある道を管理下に置き始めました。この時点でイラク軍には3つの目標がありました。重要な油田地帯を管理下に置くこと、トルコ・イラク国境とシリア・イラク国境を管理下に置くこと、クルディスタン民主党の勢力が強い地域を包囲することです。

イラク・クルド地域政府が経験したこの大敗北の責任者は、バルザーニ大統領です。バルザーニ大統領は住民投票実施に向かう中、トルコとイランの警告を聞き入れませんでした。自身の軍事力と政治勢力を正しく分析できませんでした。背後にいる欧米の支援を、実際よりも過大評価し、その支援を信用し過ぎました。頭ではなく、感情で動きました。そしてこの過ちは、キルクークに跳ね返ったのです。

この過程でトルコとイランは、イラク政府に対する批判は行っていません。逆に、協力的なメッセージをはっきりと送っています。トルコ政府とイラン政府がイラク政府への支援を絶つという印は全くありません。それも、近日中に、トルコとイラクの間で軍事協力活動が拡大する可能性があります。

イラクで起こった出来事の結果は、本来はトルコの望み通りになりました。住民投票は無駄になりました。トルクメン人の町キルクークがイラク・クルド地域政府の弾圧から解放され、イラク中央政府がキルクークを掌握したことで、トルクメン人はほっと一息つきました。現在イラク政府は明確な優位性を築いています。それでも、すべてが終わったわけではありません。衝突が続く可能性があります。

一方でトルコは、イラク国境でイラク政府と直接的に関係を築くと発表しました。新たな国境ゲートが築かれ、以前の国境ゲートがイラク政府に移譲されるという合意があります。しかし、トルコにとって問題の一面はキルクークまたは論争の的となっている地域ではありません。トルコは、クルディスタン民主党が脆弱化してできる力の空白が、テロ組織PKKに付け込まれる可能性があることに懸念を抱いています。テロ組織PKKがイラク・クルド地域政府の内紛を、自身のプロパガンダの道具にしようとしているのが見受けられます。この過程はテロ組織PKKのシリアでの強大化に加え、イラクでも勢力範囲を拡大することにつながりかねません。テロ組織PKKの強大化は、イラクの情勢不安のもとになります。なので、トルコはこの過程を入念に追わざるを得ません。この点で、トルコとイラクの協力活動において、イラク内でテロ組織PKKに向けた戦いが拡大されても、驚くに値しません。

アタテュルク大学国際関係学部ジェミル・ドアチ・イペク博士の見解をお伝えしました。



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