「世界の視点」 第1回

皆さんこんにちは。 これから毎週、皆さんと一緒に長い道のりを一緒に歩んでいきます。

「世界の視点」 第1回

書くということは、筆者と読者がともに歩む旅路です。この旅仲間には、敬意、愛情、信頼が必要です。

書くことには勇気が望まれ、自信が必要です。書くときに、筆者はそれまで蓄積してきたすべての事柄を表現します。自分自身、自分の考え、自分の気持ちを明らかにします。

書くことは、一方的なコミュニケーションではなく、相互のコミュニケーションです。読者からの感想とのコミュニケーションです。

書くことは、発見です。長年の人生と読書から得る、自分自身に関する内面的な歩みであり、自分を世界に開くことです。

書くことは、冒険です。書くことを始めるとき、書いたものがどこへ向かうのか、完全にはわかりません。書いた後に何と出会うのか、どの方向でどんな影響を及ぼすのかもです。

この冒険において、皆さんと多くの場所に行き、多くの事柄に触れることになります。ときには、バルカン諸国、中東、カフカス地方、アフリカ、そしてトルコについて語ります。ときには、パレスチナ、クリミア、アフスカ、モロ、アラカン、抑圧されている地域の叫びを聞きます。ときには、ヨーロッパで子どもを失った家族、欧米で疎外された移民、自分自身を見失わないための方法を見つけようとする若者の声を代弁します。言語、宗教、肌の色、民族が何であれ、人類の名のもとに苦悩を抱く世界中の良心を持つ人々に呼びかけます。欧米の行く末は非常に懸念すべきものだからです。

しかし、どんな状況でも、他の国々よりも、トルコに視点を向けていきます。トルコの問題ではなく、世界の問題を、トルコの議題、私たちの議題にします。国内の問題だけにとらわれて、世界の進展から離れてしまうことがよくあります。他の国々での事件を知らないことで引き離された距離が見えないこともあります。常に国内の問題にかかわることで、世界の進展、人類、トルコが私たちに訴えかける価値観が見えなくなることもあります。私たちが持つ遺産は、私たちが目を覚まし、世界で起こっている出来事を目にし、トルコからの視点により私たちに託された希望を守るよう促します。

それでは、ここでこのプロジェクトの始まりをどこに定め、どこから世界を見つめることにしましょうか。

全世界を見てみると、3つの基本的な問題に直面します。不正、共有の精神の欠如、異なる文化との共存の可能性の無さです。人類のすべての苦悩や問題は、この3つの問題にまとめられます。それでは、人類のこの3つの問題を解決する可能性を持つ人間の生涯や経験は存在するでしょうか?すべての人に正義を分配し、おなかをすかせた隣人のことを考え、どの言語、宗教、民族であろうと、ユヌス・エムレのように、創造物に対し創造主の名のもとに寛容の精神を抱くという伝統があるでしょうか?もし人類のこのような伝統があるなら、私たちに何をもたらすかわからない、立証されたことのない考えによってではなく、立証済みの、私たちにとって良いものをもたらす伝統に沿って歩んでいくのがいいでしょう。

正義、共有、多数主義にとって、欧米の文明の中に見出せる方法はおそらく限られています。この件では、トルコの文明こそが、もっとずっと大きな指針となるでしょう。ホラサーン地方からバルカン諸国まで、1000年間歩んできた道のりは、直面してきた問題の解決にとって、私たちの道を照らしだしてくれる灯台のようなものです。

この観点からみると、100年前までは、イスタンブールこそが、人類にとって最も国際的な場所の1つだったであろうということができます。何らかの思想、潮流、イデオロギー、認識は、個人が1人で暮らす郊外や小さな場所ではなく、異なるものが同じ場所で暮らす環境で、一層その深みを増すものです。なぜならこれらの思想は、異なるものや相対するものの環境で、自己をさらに強化する可能性を持つようになるからです。この関係で、立憲政とそれ以前のイスタンブールは、近代史において非常に多くの思想が同じ場所で生きることができ、これらの思想が自己を容易に表現できた場所でした。イスタンブールは、オスマン帝国のムスリム(トルコ人、アラブ人、クルド人、アルバニア人、ボシュニャク人など)と非ムスリム(キリスト教徒、ユダヤ教徒、アルメニア人など)のグループのすべての要素が一同に介することができた環境と可能性を持っていました。この性質により、今日の問題が、より詳しく議論され得る遺産をイスタンブールが持っているであろうことを視野に入れることは、この理由によってこそ、ただの予言とはならないのです。

20世紀には、自己の文化からの乖離の表れとして、トルコ人の知識人は欧米の文化から影響を受け過ぎました。さらに最近では、エジプト、イラン、パキスタンのような国々の思想運動の影響も受けました。もちろん、西洋と東洋の進展を追っていくこと、異なる思想の解釈を知ること、そしてそれを検討することは、利益となります。しかし、これらの国々での進展を追うトルコの知識人が、近代史において異なるものが最も広い意味で一堂に会し、そのために最も広い思想的な深みが見られたイスタンブールと、そこで行われてきた議論を十分に分析してきたとは言えません。共和国時代とイスタンブールの上に被さった覆いは、残念ながら十分に取り払われてはいないのです。

それでも、今日でも世界と人類が、自身のアイデンティティをもって自由に暮らすことができ、疎外されず、他の地域の人々の問題を考えて悩むような都市が、いくつあるというのでしょうか?このため、今日必要な問題の解決のために、内側から見ることができる最も近く、最も適した経験は、イスタンブールの遺産です。この遺産は、私たちが直面しているすべての問題の光であり、上を覆われた灯台のように、そこにとどまったままです。おそらく、有名な歴史家トインビーが意図した「とどめられた文明」とは、イスタンブールの遺産なのです。

「とどめられない」時代を経た今、東洋と西洋の遺産を持つイスタンブールは、今日直面している問題の解決を見つけるための案内役となってくれるでしょう。しかし、私たちも今日、その遺産から大きく離れてしまっています。

この遺産を取り戻し、そこから歩んでいく必要があります。

このプログラムは、このような旅のために用意されたものです。

一方でこのような豊かな遺産を発見し、もう一方でその光の中で世界の問題の解決策を見出すためのものです。

このプログラムは、多くの言語に翻訳されます。世界のどこにいて、どの言語、宗教、肌の色を持っていようと、この世界的な歩みのために私も加わると言って下さるのなら、一緒に歩んでいきましょう。道は長く、時間は限られています。

アンカラ・ユルドゥルム・ベヤジット大学政治学部クドレト・ビュルビュル学部長の見解をお伝えしました。


キーワード: 世界の視点

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