モロ:明るい未来に向かって

モロ:明るい未来に向かって

モロ:明るい未来に向かって

モロはおそらく、人類の歴史の中で最も長く痛みを経験し、また痛みに疲弊した地域です。

1500年代に始まった痛み、流血、弾圧、苦しみ、死にもまれてきた歴史の過程は、今日では一定の希望へと変わりました。モロの子どもたちがその涙を止め、暗い日々を捨て去り、みなしごとならずに安心して未来に向かって歩んでいけるための強い光がその地平線に見えます。

モロは、トルコ語が話される地域や日々の祈りの中で、パレスチナ、エリトリア、カシミールなどの抑圧された人々の地域と並んで思い起こされる地域です。大半の人々はおそらく、モロについてサリヒ・ミルザベイオールの感動的な詩、「輝きの戦士たち-モロ叙事詩」によって耳にしたことがあるでしょう。しかし今や、モロ・ムスリムの人々を待っているのは異なる未来です。

端的なモロの歴史

イスラムのフィリピン諸島への伝来は、極東の他の地域への伝来そして普及と変わりありません。モロもムスリム商人を介してイスラムと出会い、イスラムは時とともに広まりました。ムスリムは1500年代まで自らの国家のもとで何世紀にもわたり存続しました。

1521年に、モロではムスリムとスペイン人の間で衝突が発生するようになりました。アンダルシアの陥落とともにフィリピンにその衝突が飛び火し、衝突はその当時から今日まで様々な形でおよそ500年間続いていると言えます。

ムスリムは1900年代にフィリピン南部のほぼ全域で人口の大半を占めていましたが、同化政策や人口構造変革により、多くの地域で少数派になってしまいました。まずスペイン人、20世紀前半に地域を支配したアメリカ、その後フィリピン政府が講じた政策により、ムスリムは死を余儀なくされるか、移住せざるを得なくなりました。

2016年にコタバト州を訪れた際に、筆者は、自らの土地を追われた人々が大陸に居住する許可も与えられず、川の上に築いた錫の宿で暮らすことを強いられているさまを目の当たりにしました。

モロ・ムスリムは、1960年代になると、自らに向けられた浄化政策に対し、組織的な抵抗運動をするようになりました。様々な時期に様々な組織のもとでこの抵抗運動を続けました。この闘争にもとづいて、イスラム解放戦線のリーダー、セラメト・ハシム、2003年にハシムが死亡した後はハジュ・ムラト・イブラヒムが、フィリピンとの会談を続けました。40年続き、12万人の死に繋がり、200万人の移住を招いた原因となった内戦を終結させるために、2012年にフィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線の間で一連の合意が締結されました。2014年には和平プロセスを監査するために「独立オブザーバー団」が結成されました。フィリピンのドゥテルテ現大統領は、2014年の選挙運動で、モロに自治地域を築くと約束しました。

住民投票の結果とその意味

2019年1月21日に実施された住民投票で、80パーセントの賛成票によりモロ・ムスリムの自治が認められました。その後、80人のメンバーからなる「バンサモロ移行機関」が結成されます。一種の議会としての任務を負うこの機関は、2022年までバンサモロの統治を行います。住民投票の承認とともに、地域で徴収される税の75パーセントが自治政府に、25パーセントが中央政府に支払われます。

天然資源の収益も、75パーセントが地域に残り、25パーセントが中央政府に送られます。バンサモロのムスリムは、フィリピンとは異なる形で地域にイスラム法を実施することができます。自分たちの間でイスラム法を適用することができます。モロにいるキリスト教徒はフィリピン国法に従うことができます。モロ・ムスリムは、内政において完全に独立し、外交や安全保障においてはフィリピン政府に属します。

モロ・ムスリムが必要としているもの

和平プロセスの支援:世界のどこにいようと、和平プロセスを継続することは難しいものです。それまでの経験が、当事者間で続く和平会談を振り出しに戻してしまうリスクが常にあります。そのため、地域で平和と安心を求める人々は、国際社会によるフィリピンのこの過程への支援を行うことが極めて重要です。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領がバンサモロに近い地域の出身であること、子ども時代をその地域で過ごし、モロ・ムスリムに近い関係の中にいたことは、和平プロセスにとって大きなチャンスです。その点で、プロセスの継続のためにドゥテルテ大統領による支援や奨励は重要です。このプロセスがテロ組織DEASH(ISIL)の手で破壊されないよう、注意する必要があります。

人道支援に頼らないことの難しさ:500年にわたり自由の闘争を行い、そのために重い代償を払ってきた社会が人道支援を必要とすることは議論の余地がありません。先に述べた筆者の訪問で、この地域に26の国際機関があり、イスラム世界からはトルコのみからの人道支援財団(İHH)があることを知りました。地域に向けた人道支援は確実に増やしていかなければなりません。

それとともに、モロ・ムスリムは自治の過程で人道支援を大きく上回る支援を必要としています。何世紀にもわたって存続するために大部分が衝突に焦点を当ててきた社会が、この過程で自治政府を築くためには、統治の方法をすぐに学ぶ必要があります。政治制度、公共予算、地方政府、中央官僚制度、大学教育、司法などの分野で熟練した人材と経験を共有する必要があります。モロ・ムスリムの誤った方法と粗悪な人物が原因で500年間の闘争が無駄にならないよう、全世界からモロへの有志がこの分野で大いに必要とされています。大学が、医療分野と自治政府の構成において必要とし得る法律、公共管理、地方行政などの分野では、学部がなくとも職業高等学校が開設されることで多くの問題の構造的な解決に繋がります。

トルコによる世界平和への貢献の価値:モロにおける和平会談を実施するために、トルコも含む国際委員会が設立されました。この委員会以外に、和平会談を追求する代表団も設立されました。5人で構成するこの代表団にも、モロ・ムスリムの要望により、トルコの市民団体のメンバーが含まれています。人道支援財団(İHH)というこの代表団には、ヒュセイン・オルチ氏がいます。代表団は和平プロセスに関するオブザーバーの役割を果たしています。

トルコは、人々があまり気づいていなくとも、その歴史、蓄積、文化的威信により、世界平和と安寧に最大の貢献をすることができる国の1つです。その貢献とは、国家を通じてのみではなく、フィリピンでの例のように、市民団体や大学を通じてもできる貢献です。

モロで500年にわたる闘争を経て現在至った状況は意義があります。誰に対しても被害を与えてきた衝突の環境を捨て去り、住民投票の結果がモロ・ムスリム、フィリピン、そして人類を安心させ、モロの子どもたちが明日をより安心して見つめることができるよう、和平プロセスの続きを一丸となって支えていかなければなりません。


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